2018年06月12日

藤堂さんのこと

TVシリーズも劇場版もなのですが、藤堂のルルーシュとスザクへの立場とは?という点についてずっと思ってきたことがありました。

藤堂は、劇場版で改めて触れられていますが、ルルーシュとナナリーが枢木神社に初めて来たとき、SPという立場でルルーシュが上る石段に立って警護をしていました。
そして、スザクの武術の恩師です。スザクに武術をたたき込んだ第一人者と取れる描写になっています。
よって、ルルーシュとナナリーが枢木家に住まわされていた様子も知っているでしょうし、スザクとルルーシュが友情を育む様子も少なくともスザクを通じてリアルタイムに知っていたでしょう。

そんな藤堂が、シュナイゼルによって「ゼロ=ルルーシュ」だと知らされたときにあの掌を返したようなルルーシュへの糾弾の一翼に含まれていることが、どうにも違和感を感じるのです。
あのふらふらしながら必死に妹を背負って長い石段を上る幼いブリタニアの皇子を、どう見ていたのか。私の中での藤堂への評価は、常識的かつ深慮な大人なので、そんな幼い頃のルルーシュの姿を見て何も思わないはずがないのですが…。しかし、そういった描写は本編では全く見られません。
「ゼロ=ルルーシュ」だと告げられたとき、ディートハルトより余程藤堂の方が衝撃を受けてしかるべしだと思うのですが、どうもそういう様子はありませんでした。

また、ダモクレス戦の終盤でスザクのランスロットに襲いかかったときの台詞も、あまりにも単純で、チョウフの藤堂奪還作戦のときの藤堂とだいぶ違う印象を持ちました。
スザクと藤堂は師弟関係にあり、幼い頃からスザクを見てきた藤堂は、スザクの本質を軽々しく否定するようなことはしないだろうと私は思ってしまうのです。しかし実際に藤堂はスザクを感情的なほど激しく否定しました。

コードギアスは、少年たちが大人を全く頼りにできない構造の物語ですから、もしかすると藤堂がルルーシュとスザクの救いになってはいけないのかもしれません。だからこそ「結局大人は誰も二人のことを理解してくれなかった」(→だからこそ少年二人がゼロレクイエムを行わなければならないのだ)と思わせるためにも、藤堂はこういう形にならざるを得なかったのかもしれないなと思ったりもします。

大人の冷たい距離感の体現者でもあるなと感じます。
藤堂は、ルルーシュやスザクに対して我々視聴者ほどの興味を持っていない。まぁ、藤堂はそもそも旧日本軍所属であって、ルルーシュやスザクに対してより片瀬少将に対しての方がずっと興味あると思いますしね……。片瀬少将が死んで自分も殺されようとしていましたもんね。片瀬少将が死んだら藤堂は死ぬかもしれなかったけど、ゼロが死んでもスザクが死んでも藤堂は死なないよなって……。
ルルーシュとスザクに対して、視聴者のほとんどが全興味をもってその挙動心境を注視していますが、あの世界には、ルルーシュとスザクに対して興味が薄い人も当たり前のようにいる。いろんな視点を持った人がいる。そういう当たり前の多様性を描けているのかもしれない、とそう思いました。意外とそういうアニメって少ないような気がします。
posted by nuts at 22:21| 萌えがたり