2018年02月03日

ルルーシュ展

ルルーシュ展に行ってまいりました。
結論:ルルーシュとスザクは互いを愛し、信頼していた。(スザルル的でない意味でも)

内覧会1回、初日に2回行ったのですが、音声ガイドは スザク→ルルーシュ→ゼロ の順で聴きました。
最初は誰にするどうする?と悩んだとき、こういう予想をしたんですよね。
20180115ルルーシュ展.jpg
こういう内容だと、一番の爆弾はきっとスザクだと。
スザルル的にはスザクが最も破壊力でかいと。
それが万が一にもネタバレくらったらダメージがでかすぎる。
そういうわけで、スザクから行ったわけであります。

実際聴いた感想:思ったよりルルーシュに向けてというよりルルーシュの説明を我々にしていた。
各種立ち位置からルルーシュのことを我が物側に我々に語ってくれていた。「ルルーシュのことを教えてあげるね」「ルルーシュって、こういうヤツだったよ」「ルルーシュという、運命に抗う少年がいた」せやな……。
ちなみに音声ガイドはトランシーバーみたいに耳に当てて聴く形なのですが、スザクの言葉を聴き漏らすまいと必死に耳に押し付けすぎて、始まってすぐにバキッとかヤバイ音がしてめちゃくちゃ焦りました(折れる仕様だったみたいで折れただけで、壊れてはいなかった)。

そしてまずは最大のポイントから述べますね。
最後の複製原画のエピローグのところ。
ルルーシュの「…じゃあな」という最後の言葉、託して託されて別れる、これ本当に、男どうしであり同志でなければできないと身に沁みて思いました。ゼロレクイエムは男どうしだからこそできたことなのである。前からそう思っていたけれど、今回いっそう思いました。
私が考えていたより、ルルーシュとスザクの間には男性らしいドライさがあって、そこにとても「コードギアスは男性がつくった男の物語なんだよな」と実感させられました。「行かないでくれルルーシュ」なんて言わない。「俺はいつでもお前のそばにいるよ」なんて言わない。相手を信じ、相手に託して、背中を向けて別れる。それがルルーシュとスザクなんだ。
だけど、ただの男友達どうしほどドライではなくて、彼氏面というか「スザクはこういうところあるから」「ルルーシュってこういうやつなんだよね」とまわりに言ってしまう、自分は相手にとってのオンリーワン・ナンバーワン(でありたい、あるべきだ)というウェットな部分があるんですよね。世界はそれをスザルルと呼ぶんだぜ…。

黒の騎士団の出来事パネルについて語るスザク「早く打ち明けて相談してくれていれば、違う未来があったかもしれない。いや、そんなことは考えても仕方ない。前に進むと決めたのだから」って……スザク、やっぱり「早く打ち明けて相談してくれていれば」って思っていたのか……私達、10年前からずっとそう思ってきたよ…スザクも思ってたんだな…ルルーシュに聞かせてあげたい。
出来事パネルも説明文がヤバくて、スザクを手に入れるための式根島だったの!?とか「あっそういう目的だったの」みたいなことがちょくちょくありました。概してスザルルみが強め。

無印25話の神根島の対決シーンは展示が手厚くて、原画たくさんと実際の映像、そしてメイキング動画のようなものがありました。
ラフ→線画→キャラのみ動画→背景あり動画→効果あり動画 の映像すごかった。いつまでも見ていられる。二時間は軽く見ていられる。
これによって、細部まで神経の張りめぐらされた作画を改めて実感できました。髪のかかり方一つ取っても、その一筋の髪があるか無いかでまっっったく違う。美は細部に宿る。
そしてスザクに仮面を割られて額から血を流すルルーシュ、修正原画のルルーシュの顔も見られたのですが、修正前と後で全く違う。修正前も別に下手なわけではなくて、整っているんだけど、修正後は表情も顔立ちも滅茶苦茶ソリッドになって、あからさまに格段に目を引く。通常の次元を突き抜けた作画がそこにあった。比べてしまうと、修正前は表情がボーっとして見える。これが作画監督の力…!おそらく千羽様かキムタカ神かが手を入れておられるのだろうと思うのだけど、もうなんかすごい。凄い。何度描き直しても描き直してもどこかピタッと来なくて、でもどうしたら改善できるのかわからなくて…描けば描くほどピンとこないしどうしよう…となったときに圧倒的画力の神が手を入れると「そ、そ、そ、それだー!!!!!」ってなるやつ(ただし描き方はわからないまま)。
そしてスザクが銃を撃ってゼロ仮面を割る場面。
スザク「祈りながら、引き金を引いた」
ルルーシュ「スザクの銃は、正確に仮面を貫いた」
そうかスザク、ルルーシュじゃありませんようにと思っていたのかやっぱり…というのと、ルルーシュこんなところまでスザクすごいんだぞアピールか…という気持ちになりました。ルルーシュって、「さすが俺のスザク」「自慢の妹、ナナリー」という感じで、スザクとナナリーに対してのみ「俺の自慢の」が発動するんですよね。生徒会メンバーとか心をゆるして優しく接する相手は何人もいても、「俺の自慢の」が発動するのはスザクとナナリーだけなんですよね。

枢木神社はもう本当に地味に感動したんですけど、思いっきり「土の味」のシーン画像がじゃんじゃん貼ってあるのに、ルルーシュもスザクも二人とも全く踏みつけ土下座に触れてない(笑) 二人にとっては些末なことだったのか(笑)いやいやいやいやこの二人はホントすごいわ…。
玉砂利が敷いてあって、私はさすがに土下座で写真撮ったりはできなかったのですが、思いっきり体重かけて触ってみるなどしました。そしたら手が白い粉で真っ白になって、ルルーシュくんあんなに顔をぐりぐり押し付けられてたけど大丈夫?お顔が白くなってしまうのでは??と心配になりました。

音声ガイドのゼロの8、9が突然ルルーシュからスザクの声に切り替わるのですが、これゼロとしてのスザクの声なんですよね。
ゼロとしてのスザクの声は、思っていたよりとても優しい、しかし甘くはない、甘さゼロの優しさに満ちみちていました。それがスザク→ルルーシュの気持ちの一つの形なんだなぁ…。

ルルーシュはスザクを世界に認めさせたいと思っているけど、スザクはルルーシュを世界に認めさせたいとは思っていない。むしろ悪目立ちしないで、危ないから、くらいに思っているのでは?と思ったり。

10にあたるエピローグは、ゼロレクイエム後何らかの場所でルルーシュとスザクが再び会えたということなんですよね?ルルーシュには今の世界が見えなくて、でもスザクに会える場所。Cの世界??
そしてルルーシュ展入口の大河内さんからのメッセージに、このエピローグの続きを今書いているとありました。どういう形になるのか…本当にコードギアスは全く予想ができない。
なお、谷口監督は終始「ルルーシュくん」呼びで、谷口監督の「ルルーシュくん」を見るたび「くん付けして呼ぶ奴はモンペ率が高い」という説を思い出します\(^o^)/
あと、キムタカさんは子供を描くのが本当にお上手だなぁと…。ぷくぷく感とかが最高で、幼少期にルルーシュ・ユフィと一緒に寝ているナナリーの下半身と、ユフィに抱きつく幼いコーネリアのおなかがぷっくりぷにぷにしていて、キムタカさんその頃お子さん小さかったですもんね…と思いを馳せてみたりしました。

今回の企画、ものすごくルルーシュとスザクに焦点を絞り込んだ展示でしたが、この展示の設計はコウジロウさんだったんですね。あの展示設計は並大抵ではできない。コウジロウさんだったと知って納得。作品愛とファン心理把握とサービス精神とプロの審美眼のハイレベル融合のなせるわざだった。
そして内覧会では展示にコウジロウさんがあった(笑)
というのは、内覧会はコウジロウさんも会場にいらしていて、あまりにも自然に立っておられたので「あっ展示にコウジロウさんもあるんだ」と一瞬思ってしまったわけです(笑)

一緒に行ったお友達と、いつぞやのパチスロイベントでもらったゼロ仮面(わりと立体的なお面)をかぶり、我が騎士ごっこ(公式)をやってきました。

来週はいよいよ叛道ですね!!新宿バルト9初回の舞台挨拶は行けることになりました。あとは9日の先行上映+生コメンタリーのチケットを何としてもKINEZOで獲らねば。木村貴宏+千羽百合子トークショーに行けずして何がギアス絵描きか!!!そのためにも仕事などなど全力で調整中です。


+++翌日になって思い出して追記+++

ルルーシュがゼロレクイエムでスザクに刺され、走馬灯のように人生がめぐるシーン、10歳のときのスザクとナナリーとすごしたあの頃の比率がとても高いんですよね。
ルルーシュにとって、ルルーシュの人生の核はあの時だったんだ。人はわずか10歳の時点で人生の核を得ることができるんだ。成長して、大人顔負けの知識や思考を持ち、世界征服まで成し遂げたルルーシュ、たくさんの優しい人たちと出会うこともできて、様々な経験を積んだルルーシュ。しかしそんなルルーシュの中では、あの10歳のときの自分がある意味すべてであり、スザクとナナリーとすごしたあの日々がずっとくっきりと自分の根底にあった。
あまりに尊く、せつない。
そしてその思いを、存在ごとスザクは受け止めてくれた。スザクには、そういうところを気負わず黙って受け止めることのできる、男らしい器があります。ルルーシュのことをスザクは黙って受け止める。ジュリアス・キングスレイとされたルルーシュをEUに連れていったときも、Cの世界でルルーシュとともにシャルルと対峙したときも、ゼロレクイエムのときも。

そういったルルーシュとスザクを私は愛しており、尊敬しています。
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posted by nuts at 22:24| 萌えがたり