2018年05月29日

TVシリーズと劇場版三部作と『復活』のこと

皇道感想でも書きましたが、私はシャーリーのことをきっかけに、TVシリーズと劇場版と『復活』について整理がつかずもやもやしていました。
何か大変なことが起きた。でも何がどう大変なのかわからない。わからないまま心が引き裂かれそうな感覚になりました。そして同時に、これはもはやどうしようもないこともわかっていました。
友人のブログでこの感覚が余すところなく言語化されており、それでわかったことは、劇場版の続きで『復活』を作っていると知った瞬間、あの『コードギアス 反逆のルルーシュ』の世界はもう終わってしまったとわかり、それがたまらなく悲しかったんだな…ということでした。

『皇道』が素晴らしい映画だということは確かで、とてもわかりやすくなっていたし、たくさんの萌えも輝きもある。ただ『復活』が『R2』の続きではなく劇場版の続きであり、長年愛し崇めてきたTVシリーズの『コードギアス 反逆のルルーシュ』の世界は終了してしまったということがとても悲しいのです。
劇場版のイベントで登壇者の方が頻繁に「TVシリーズも見てくださいね!」というお話をされているけれど、もはや何のためにTVシリーズを見てくれと言っているのだろう…??むしろ劇場版しか知らない人がTVシリーズ見て『復活』見たら混乱するのでは?と思ったりもしました。

『復活のルルーシュ』は、TVシリーズからすれば復活というより、生まれ変わりに近いのではないかというのが私の結論でした。

そして一晩中考えてたどり着いた自分なりの答えが、これです。
劇場版は、この形であれば『復活』できる、という制作陣の回答なのではないか。
TVシリーズは、あれで完成された傑作だった。多くの人が「この美しい終わり方のままで、続編など無くてよい」「無理に続編作って駄作化するのは嫌だ」「でもコードギアスを終わらせたくない」と様々なことを言っていた。そしてコードギアスはメガヒットビッグタイトルであり、ファンも極めて根強く、復活することになった。
しかし、あの形で終わり完成されきった素材であるコードギアスをそのまま続けるのは実際問題不可能に近い。
よって、今回の劇場版は「この形なら続けていける」且つ「この形ならコードギアスの魂は守られる」というギリギリのところなのではないか。
じつは『復活』は劇場版もセットで、『興道』が始まったときから『復活』は始まっていたと考えるべきなのかもしれない。
そうなると、『復活』にあたって劇場版かTVシリーズかという二者択一論は無くなる。
そして、制作陣は『復活』のために劇場版を作ることで、むしろTVシリーズを守ったのではないか。
だからこそ、「TVシリーズも見てくださいね!」と皆さんが何度も言っているのだ。

私はコードギアスを、ルルーシュを愛しているから、復活ではなく生まれ変わりだとしても、『復活のルルーシュ』を見るし愛していきます。
ただ、ずっと愛していたコードギアスとルルーシュは永遠の眠りについたということを悲しみ悼むことは許されたい。永遠のお別れをしっかり悲しめば、少しは前を向けるのではないかと思います。

TVシリーズのコードギアスに、ルルーシュに、心からおつかれさまと言いたい。そして、ありがとう。
コードギアスよ、10年間、私の世界をフルカラーに変えてくれてありがとう。私の心の中にずっといて私を支えてくれたし、これからも変わらずいる。また新しいコードギアスに出会ったんだ。けど、心の中第一位は変わらないよ。
ルルーシュがんばったね。もうゆっくり休んでほしい。このTVシリーズの世界線のルルーシュは人生を全うしたし、もう十分に頑張った。C.C.との約束も果たしたと見ていいと思う。世界のことはスザクにまかせられるのだから、もう何も思い悩むことなく、心おきなく休んでほしい。スザクもきっと数十年後にはまたそちらに行く。

本編沿いの漫画をいろいろと描いてきましたが、いま初めてやっと、ルルーシュを、このコードギアスという世界を成仏させられた気がします。
涙が止まらない。よかった、成仏させてあげられて。どうしてこんなに涙が止まらないんだ。


今日拍手をくださった方、コメントをくださってありがとうございました。そう言っていただけて、ルルーシュを愛してきて本当によかったと、むくわれたような気持ちに10年目で初めてなりました。


コードギアスという作品を大切に大切にしてくださって、谷口監督はじめコードギアス制作陣の皆様に、心から感謝したいと思います。
posted by nuts at 22:51| 萌えがたり